2011年11月11日

プランク・ダイヴ:イーガン・スペースにようこそ

現代SFのヘッドライナーを1人挙げろと言われたら、とりあえずグレッグ・イーガンと答えておけば問題ない。
そんなイーガンの最新短編集「プランク・ダイヴ」をやっとこさ読み終える。近作の内容の高度(ハード)さで読み手を圧倒してきたイーガンSFの中でも、さらにハードな作品集。自身量子物理学の論文(小説に非ず)も書いてしまう「研究者」イーガンの、本気のイマジネーションが追体験できる、SFファンなら外せない一冊。

粒揃いの短編だが、強力な数論SFでありつつ並行世界SF・ファーストコンタクト・サイバーパンクというSFの領域を総動員しながら「勢力均衡」やら「非武装主義」やらのイデオロギーを語る「暗黒整数」、壮大過ぎる理屈で外宇宙(アウタースペース)と内宇宙(インナースペース)というSF開闢以来の問題にケリをつけた超傑作「ワンの絨毯」、表題作にしてイーガンSF最高難易度(あたしは半分も理解できなかった)、ただしそれでもイーガンの作家として、また研究者としての倫理・姿勢・矜恃に惚れる「プランク・ダイヴ」、短いながら端的に「科学とは」「科学者とは」「人間とは」というSFの最重要テーマに答え、あたしを号泣させた「播種」あたりが特にオススメ。

と推薦しつつ、この作品群正直めちゃくちゃ読み辛い。イーガンの用いるガジェットやアイディアにある程度慣れておかないと、よほどの知識がなければ理解できないだろう。その「イーガン・スペース」、前提とする世界設定とそこで扱う理論がそもそも小難しいというのに。また、この短編集ほとんど「一般市民」は出て来ない。登場人物は研究者か元研究者かで、出て来たとしてもかなりの科学知識を持った階層の市民。だから、量子物理学の理論が日常会話のように飛び出す。だから彼の行動原理や倫理が、僕らのそれとはかけ離れているように感じることもあるから、感情移入(とやら)はやっぱりしにくいかもしれない。

が、それでも是非イーガンは読んで欲しいのだ、あなたに。
高度な物理理論なんて斜め読みしても構わない、なんなら読み飛ばしてくれ。感情移入なんてする必要ない。絶対どこかに端緒が見つかって、曖昧だった理論に光が差し、あなたをどこか遠い世界へ連れて行く。
そして「イーガン・スペース」の彼らに、それまで理解する気も起きなかったであろう彼らの苦悩や祈りに、涙を流すのだ。

だけどやっぱりイーガン入門編にはあまりに難し過ぎるので、最後に独断で初心者向けイーガンお勧めランキングを。

1.「しあわせの理由」
俺がイーガンに入れ込んだきっかけであり、もっとも涙腺を刺激したSFを表題作とする短編集。テクノロジー・イデオロギー両面とも身近でわかりやすく、万人に読んで欲しい、もはや現代SFにしてオールタイムベスト。

2.「祈りの海」
こちらも短編集。とりあえずイーガンはSFの中でも特に脳が疲れるから、長編は文系SF読みの俺にはちょっと辛い。他の短編集のような爆発はないけど、各作品のアベレージは一番かもしれない。

3.「宇宙消失」
はい、慣れて来たところで長編を。とにかくコレはアイディアがぶっ飛んでる。その設定にぐいぐい引き込まれ、頭の中で「イーガン・スペース」がぐるぐる回り出す。ワンアイディア長編の傑作。

まだまだ色々あるけども、とりあえずお勧めベスト3。他には「宇宙消失」と迷った「順列都市」、「暗黒整数」は短編集「ひとりっ子」収録の「ルミナス(これも超傑作)」の続編だし、「ワンの絨毯」は後に「ディアスポラ」という長編に組み込まれている。
各作品がアイディアや理論や設定を共有し、ひとつの世界観(スペース)を構築する。作家の持つ「世界」を楽しむのが、SFに限らず物語の醍醐味だと思うのだ。そしてSFの得意分野はそこなのだ。




posted by 淺越岳人 at 10:42| Comment(0) | TrackBack(0) | SF | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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